サボテン、椰子の木、アリゾナ・ブロックハウスへようこそ!

◆お粗末ですがガーデニングが趣味!生まれて初めて買ったレコードは吉田拓郎さんの「たくろうベストコレクション」です。最近偶々過去のANNGoldを聴いて再燃してます!
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IT関連が強い

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前のアンドロイドスマホの時は昼間カンカン照りの時はどこか黄ばんだようになってしまい、こんな風に撮れませんでした。

ハイビスカス、蕾もアッという間に終わりそうです。

又蕾もつくと思いますが時間かかりそう。

日中の暑い時にひょっこり咲いてアッという間に終わりなのでじっくりと眺められません。

朝、葉っぱにも水をたっぷりかけるようにしています。この夏の暑さを乗り越えてくれるかな??



最近のIT企業各社の躍進を眺めていると家の息子はやはり物理の方を続けて置いた方が良かったのでは、、と密かに思っています。

大学の時に途中から生物に専攻を替えたので、その分余分に長い期間大学へ通う羽目になりました。

あの時、一切親には相談無く決めて、彼女に相談したらしい。

相談されてもきっと自分の好きな分野で頑張ってやってみたら、、という風に言うだけだったかも。

卒業と同時に研究室ので助手としての仕事はどうなるの?とか、いろいろ聞きたいのですが、あまりプッシュするのも。。という気持ちです。

小学校ではある先生には「エジソンのようになるかもしれない」、なんて言われた事もあったくらいあの頃はテクノロジー関係の方がずっと長けていて、高校では全米でテクノロジーコンテストで5位?の賞をもらったり、てっきり大学もずっとその専門分野へ突っ走ると思っていました。

息子が満足の出来るような仕事であれば給料が安くても全く構わないと思っていますが。


それにしてもこちらのCEOって若いし、会社のPRのために前面に出てイメージ作りを含めて色んな面で日本との違いを感じます。











【 2017/06/05 】 子ども | TB(-) | CM(-)

旧態依然だから

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オレンジが無くなりそうなのでセールをしているメキシカンスーパーへ行ってきました。

オレンジだと思っていたこちらは Mirneola Tangelosという種類で左側手前の黄色っぽいオレンジと違って色も濃く瑞々しくて美味しいです。

アボカドは5個で1ドル、本当に安くてここでの食費は外食をしない限りあまりかかりません。






今年の夏は若しかすると長女のところに次女もやってきてかしまし3人+お孫ちゃんで近くへ小旅行をするかもしれません。

長女のところは次女のところから近いのでお孫ちゃんが飽きずに飛行機で過ごせそう?

しかし子供達が小さい頃は毎年日本へ夏休みに帰っていましたが、

私の子供達は親のところへ一年に一度ぐらい訪ねようか?という気持ちが無いのが寂しい。


次女はアメリカに生まれ、日本国籍も加えたので2重。

自分の意思では無いのに面倒な離脱届の件はまだ話してません。

大学へも通い昼間の仕事もして、子供の世話、と忙しい娘にこの為にわざわざ領事館まで行かなくてはならない、、という話をしたら何を言われるか。。


旧態依然・・・・という言葉は日本の管理体制に良く合っているような気がします。

昨日の話の続きになりますが、古いやり方をいつまでも変えずにいる為に結局衰退して行く日本の経済にも影響しているような。


あのニコンも危ないらしい、三洋も消えてしまって、シャープは身売りのような状態になって、ソニーは完全にサムソンに負けているし。

一事が万事、という気もします。


2重によって将来どんな弊害が出るか分からず、親の責任で2重にした訳で、片方はしっかりと離脱して置かないと行けない、と、

余計に強く感じた次第です。




【 2017/03/23 】 子ども | TB(-) | CM(-)

Bill Murrayのサイン発見

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昨日お風呂から出た後、もし保存するとしたらアルバムかも。。

と漠然と浮かび、一冊づつパラパラとめくっていると発見しました~!!

前もパラパラとアルバムに入れてないか探しましたが、今度は丁寧に。


早速写真を撮って息子に送り、オリジナルが欲しいの?と聞くとやっぱりオリジナルが良いそうです。

スキャンするともっと明瞭にきれいなのでこれでは、どうかな?と思って送信して聞くとやっぱりオリジナルが良いと・・


この用紙の裏側にはそれを頼んでくれた先生のメッセージが。

Bill Murrayはこの先生が保管して置いてくれた息子のナーサリー時代のアートを一つ一つ見入っていた、という事が書かれていました。


もうかなりなお年なので先生は引退されたかもしれません。

まず、長男がそこのナーサリーでお世話になり、次男は近くのナーサリーにしようと軽く考えていると、全くそこの先生と上手くいかず、直ぐに止めて、長男と同じ少し遠いナーサリーに替えました。

最初から長男と同じナーサリーに通させれば良かった、と後で後悔したものです。


井戸水もその広い敷地内の井戸から調達して、きっと今でもそうでしょう。

最初に息子の絵を褒めてくれた創立者の先生は既に他界していますが、その息子さんが引き継いでいると思います。


サインを頼んでくれた先生が現役ならまた訪ねてみたくなりました。


近くのナーサリーで全く馴染めなかった次男はアメリカ人を見る目つきも変になりました。きっとかなりな意地悪をされた事が分かります。

迎えに行くと、あなたの息子さんは何を言っても聞かずに外に出ようとして困ります。

その先生にヒステリックに言われたものでした。

そんな日々の末に息子の態度は硬直し、先生への不信感も加わってまだ口に出して言えない息子は目で表現するようになったのでしょう。

これは即座に止めさせなくては、、と思い、暫く家でのんびりさせて、

長男は既にキンダーでしたが、長男が通ったナーサリーへ変更しました。

最初は先生に対してもあのきつい目つきは変わらなかったですが、創立者の先生やBill Murrayのサインを頼んでくれた先生などが温かく対応してくれたお陰で少しづつ、アメリカ人に対しての睨みつける目つき?も段々ほぐれて行きました。

あのまま無理に通させていて、キンダーへ入ったらもっと大変なことになっていたでしょう。

あのナーサリーの先生たちのお陰で次男のアートへの興味はもっと増加したような気がします。

キンダーか一年生の頃だったか、NYのある有名なミュージアムの館長さんに息子の絵を見せる為に、創立者の先生ご夫婦が車で連れて行ってくれた事もあり、息子一人の為にそんな計らいもしてくれて本当に感謝しています。

息子もその日は学校を休みました。

あれから何年経った?、、、光陰矢の如し。














【 2017/02/23 】 子ども | TB(-) | CM(-)

Bill Murrayのサイン

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昨日の午後になってやっとこんな青空に。




次男からBill Murrayから貰ったサインある?


家の子供が通ったナーサリーにはBill Murrayのお子さんも通っていて、

次男が大学の頃家に帰っていた時、末娘と3人で世話になった先生をナーサリーに尋ねていきました。

その時にBill Murrayの末っ子息子さんがナーサリーに通っている、とお世話になった先生に聞き、

息子がサインが欲しいので、、、とその先生に頼んでいました。


息子は大学のあるPhiladelphia に帰った後にサインを貰ったので取に来て、、と先生から電話を頂き、

私が受け取り家に額に入れてあの場所に?ずっと置いていました。

先生によるとその頃、息子の絵をナーサリーに飾ってあり、この絵を描いた今アート大学へ通っているここの卒園した??がサインを欲しい、というので、お願いします。。。と頼んだような話でした。


息子は家に帰ってそれを眺めるぐらいで、寮に持ち帰るような話はせずにずっと無関心で無視していました。

引っ越しの騒ぎでそう言えばあれはどうしたんだろう??と思っていたのですが、

あのBill Murrayのサインがあったら送って。。。と、突然に言ってきました。

えぇ~~?



思い当たるような箇所をアチコチ探しましたが出てきません。

捨てることはしないと思うのでどこかからひょっこり出て来るような気がしますが。

息子の名前と単なるサインだけで無くて

メッセージも書かれていました。



Bill Murrayは普段も全くおの飄々としたいでたちでナーサリーにお子さんの送り迎えをしていたそうです。

息子はスーパーでバイトをした時期があり、Dairy売り場にいて、Bill Murrayがハムの量り売りを買いに来た時にも遭遇していて

一言二言話をしたような事も言っていました。

それはサインをもらう前で、高校の頃でした。


今はBill Murrayはカリフォルニアに引っ越してしまったようですが、


何故今頃になってあのサインを思い出して欲しくなったんだろう??

と、尋ねても何も言いませんが。

確かにBill Murrayのファンでもあったのですが、何故今ごろになって???

サタディーナイトフィーバーで人気が上がり映画に出演するようになったそうです。


さてさて、偶に気になるような箇所を探しますが果たして出て来るのかな、、、、


【 2017/02/21 】 子ども | TB(-) | CM(-)

子供の才能

エレキギター2017/02/17

中学の頃母がウクレレを買ってくれたのは
病気がちな息子に何か喜びを!と思ったからだろう
その偶然が人生を変える事になる
その後学友の弾くギターへと関心がうつり
高校ではアメリカンポップスに心酔し
それからビートルズの登場に強い憧れを抱き
そしてバンドを結成する
ザ・バチェラーズからザ・ダウンタウンズ

バンド時代ある日楽器屋で見つけた
グヤトーンのリッケンバッカーもどきの
エレキギターに
もし興味を示していなかったら
上京してすぐ
フェンダーのテレキャスターに関心が無かったら

いったいギターの無い人生ってのは
あり得たのだろうか・・
毎日夕方になると今でも
自然にギターに手が行く(今は白のストラト)
そしてつくづく思うのだ
ギターに出会って幸せだったと


http://153-0051.com/log_takuro/↑転載


次男はナーサリーへ行って先生に褒められ初めて絵が上手らしい、と分かったのですが、当時息子の作品をその街の図書館に展示されている、というので創立者の方と一緒にそれを見に行きました。

その方が元々絵も勉強され絵心がある方だったのが、息子にとってはとてもラッキーだったと思います。

その時、子供の才能を伸ばすには母親の力はとても大きいですよ、

と今でも良く覚えています。

拓郎のお母さんも拓郎に音楽に興味を持たせるような環境づくりをされていたらしい。。。。というエピソードで、息子のナーサリーの先生の事を思い出してしまいました。



すでに他界してしまいましたが、卒中で倒れる数週間前に家に立ち寄って息子の絵などに見入っていたものです。

そのお葬式にも家族で参列し、遺骨はナーサリーの庭の一角に眠っています。


実は息子はそのナーサリーの前は別のナーサリーに行き出しましたが、先生と相性が合わずに止めていました。

それもあり、替えたナーサリーにまた合わなかったらどうしよう??と思っていたのが、良い先生に恵まれとてもラッキーでした。

もう一人の先生は今でも先生を続けているかも?家に創立者の先生と一緒に訪れてくれたり、何かと息子を可愛がってくれました。

そうそう、その方のご主人と息子が同じ誕生日だったり、その先生の誕生日と家の娘が同じだったり、

そんな共通点もあり、何かと交流が続いていました。


最初に通いだした4歳だった頃の息子に、その創立者の先生からも将来は絶対にアーティストになりますよ。。と。

本当に現実になっています。

当時はまだ予想もしていませんでしたが、絵心のある先生にとっては、それ程息子の絵は確かな手ごたえを先生に与えたのかもしれません。

あの世でほら、私の言った通りでしょ・・・と、微笑んでいるような気がします。

私は何もヘルプをした訳では無いですが、、、絵具を買いに行ったり音楽に興味を持った頃には一緒に楽器を買いに行くなどの事ぐらいしかしていませんが、すべて息子の努力と力が今に結びついていると思います。



【 2017/02/18 】 子ども | TB(-) | CM(-)