サボテン、椰子の木、アリゾナ・ブロックハウスへようこそ!

◆お粗末ですがガーデニングが趣味!生まれて初めて買ったレコードは吉田拓郎さんの「たくろうベストコレクション」です。最近偶々過去のANNGoldを聴いて再燃してます!
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吉田町の唄 吉田拓郎

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これから暫くこんな風に家でもアフリカンディージーの花を楽しむ事が出来ます。




吉田町の唄 吉田拓郎
http://www.dailymotion.com/video/x2n3pw4_%E5%90%89%E7%94%B0%E7%94%BA%E3%81%AE%E5%94%84-%E5%90%89%E7%94%B0%E6%8B%93%E9%83%8E_music

Youtubeに無いですが此方の動画サイトで聴けました。

新潟に吉田町という町があり、その街の歌として頼まれたようです。Wikiによると歌碑もその街に建っているそうです。

日本の山河の風景が浮かんできたり、もう眼がしらが知らずに熱くなってしまう名曲の一つです。

「その人」とはお父さんの事らしい。父親を若い頃は嫌っていた、という歌もありますが、だんだんお父さんへの気持ちが変化して行ったようです。

t.y lifeさんの清流が分かりやすいです。

「徹子の部屋」で家族を顧みなかったけど羨ましい人、と。、、、自分の好きな仕事をやりとおした父親への気持ちを語っていました。

お母さんが大黒柱になって家族を支えていたので、拓郎がお母さんに逆らえない気持ちも良く分かるような気もします。


NYでのエピソード、拓郎の話ーー

安井かずみ、加藤和彦と一緒に行った時よりも以前に、

陽水と二人でジョン・レノンのダコタハウスの近くでポール・マッカトニーの歌を歌っている時、小野洋子が近くを通ったというエピソードもありました。

ジョンの歌だったら、声をかけたかも、、と?

当時はバブルがはじける前?、予算がたっぷり貰えた?のか小室等のラジオ番組での収録のためで、拓郎と陽水も一緒にNYへ行ったのだそうです。

拓郎と陽水は暇だったので、そんな時の出来事だったのでしょう。

既にジョン・レノンは亡くなった後だったようです。

あの頃?何年ごろ?近くに居たのに、、、、  偶然にそんなお二人をご覧になった人はいたのかしら。。

でも、アメリカへ渡った頃、まだNYCが怖かった頃で、その後だんだんポリスを増やすなど対策をしたので、マンハッタンは以前よりも安全になって行ったとか。


地下鉄のホーム、通路などミュージシャンが演奏していますが、自由では無くて、あの方たちは許可を取っているのだそうです。

もうプロ並みのグループも多く、人だかりができます。







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【 2016/02/07 】 未分類 | TB(-) | CM(-)